雨音の中で――季節のゆらぎに寄り添う、出張アロマの時間

外はしとしとと雨が降っていた。
部屋の窓を伝う水の筋をぼんやり眺めながら、ため息をつく。
季節の変わり目は、どうしてこんなに気持ちが沈むのだろう。
気温も湿度も安定せず、身体が重い。
そんな夜に、ふと「出張アロマをお願いしてみよう」と思い立った。

天気のせいか、心も曇り空のよう。
でも、誰かに癒してほしい気持ちが強くなるのは、
こんな夜だからこそかもしれない。

静かな訪問、優しい始まり

約束の時間ぴったりに、チャイムが鳴る。
ドアを開けると、傘をたたんで静かに立つセラピスト。
しっとりと濡れた外気をまとっているのに、
その姿からは不思議と温かさが伝わってきた。

「今日は雨ですね。香りも少し重めのブレンドにしましょうか。」
彼の提案にうなずくと、
アロマボックスから取り出されたのは、
ベルガモット、フランキンセンス、そして少しのゼラニウム。
雨の日に似合う、深くて静かな香りが広がっていく。

雨音と呼吸が重なる瞬間

ベッドに横たわると、
雨音がカーテン越しに響いていた。
そのリズムと、彼の手の動きが重なっていく。
背中を滑るオイルの温度が、
体の中の冷えをひとつずつ溶かしていくようだった。

「肩、だいぶ張ってますね。」
そう言われて、小さく笑う。
雨の日はいつも肩こりがひどい。
気圧の変化で頭も重くなる。
でも、その一言に“ちゃんと見てもらえている”という安心感があった。

首から背中、腰、そして足へ。
圧のリズムが雨音と呼吸を繋いでいく。
香りと音が溶け合って、
まるで世界の輪郭がぼやけるような感覚に包まれた。

香りの雨が心を洗う

いつの間にか、頭の中が静かになっていた。
仕事のこと、家のこと、気にしていた小さな悩みも、
香りの中で少しずつ流れていく。
フランキンセンスの深い香りが、
心の奥に溜まった疲れを静かに包み込んでいった。

「眠ってしまっても大丈夫ですよ。」
その声に、思わずまぶたが重くなる。
雨音と彼の声のトーンが重なって、
子どもの頃に聞いた子守唄のように感じられた。

どれくらい時間が経ったのだろう。
施術が終わるころには、
外の雨が少し弱まっていた。

終わりではなく、心の再起動

「お疲れさまでした。」
その言葉とともにタオルをかけてもらい、
深呼吸をひとつ。
体がふわりと浮くような軽さを感じた。
温かいハーブティーを受け取ると、
カップから立ちのぼる香りが、体の奥に沁み込んでいく。

「雨の日は、香りがいつもより長く残るんですよ。」
彼がそう言った。
たしかに、オイルの香りが肌に深く馴染んでいる。
まるで、自分の体が“香りの雨”に包まれているみたいだった。

「次の日の朝、少しだけ気分が違うと思いますよ。」
その一言が、不思議と励ましに聞こえた。

翌朝、雨上がりの光の中で

翌朝、窓を開けると、雨が上がっていた。
空気が澄んでいて、草木の香りが混ざる。
そして、昨日のアロマの香りがまだ残っていた。
それだけで、胸の奥がほんの少し温かくなった。

鏡を見ると、顔が明るく見えた。
睡眠も深く、体も軽い。
雨の日特有のだるさが嘘のようだった。
香りがこんなにも気持ちを変えるなんて、
以前の自分なら信じなかったと思う。

朝の支度をしながら、
「今日はいい日になりそう」と自然に思えた。
それだけで、一日がやさしく始まる。

季節とともに心を整える

季節の変わり目に不調を感じるのは、
体だけでなく心も揺れているから。
そんな時こそ、香りの力を借りる。
アロマオイルは、自然そのもの。
植物が太陽と雨を受けて育った記憶が、
その中にぎゅっと詰まっている。

ベルガモットの明るさ、
フランキンセンスの静けさ、
ゼラニウムのやさしさ――
それぞれの香りが、まるで“季節のバランス”を取るように、
心を整えてくれる。

最後に――雨の日にしか出会えない静けさ

出張アロマを受けるようになって、
雨の日が少し好きになった。
静けさの中に癒しがあり、
自分を見つめる時間が生まれる。
そして、香りがそれを優しく包んでくれる。

もし、季節の変わり目に心が揺れているなら、
香りに委ねてみてほしい。
窓の外の雨音に合わせて、
心が少しずつ整っていく。
その静けさの中で、
あなたの中の小さな光が、またゆっくりと灯る。

出張アロマは、
ただのマッサージではなく、
季節とともに生きる“心のリズム”を整える時間。
今日もまた、雨の香りとともに、
新しい一日が始まる。

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